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水戸地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決

原告 関仙司

被告 茨城県知事

主文

被告が別紙第一目録記載の土地につき売渡の相手方を越渡二、売渡期日を昭和二十四年十月二日としてなした売渡処分及び別紙第二目録記載の土地につき売渡の相手方を吉田茂、売渡期日を昭和二十三年七月二日としてなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求の原因

(一)  別紙第一目録記載の土地三筆はもと訴外浜平右エ門の所有で原告が昭和十九年秋頃右訴外浜から賃借して耕作を為して来たもの、又同第二目録記載の土地一筆はもと訴外市ノ沢寅吉の所有で原告が昭和十八年中右訴外市ノ沢から賃借して耕作を為して来たものである。

(二)  志筑村農地委員会(現在は千代田村農業委員会、以下村農委と略称する)は昭和二十三年六月旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第一号の規定に基き別紙第一目録記載の土地につき浜平右エ門を被買収者、同条同項第二号の規定に基き同第二目録記載の土地につき市ノ沢寅吉を被買収者とし、いずれも買収期日を同年七月二日とする買収計画を樹立し、その縦覧期間をいずれも同年六月十一日より同月二十一日迄として公告した。そして右買収計画はその後茨城県農地委員会の承認を経たので被告知事は其の頃各買収令書を発行し、これを前記各被買収者に交付して買収処分をなした。而して村農委は別紙第二目録記載の土地につき前記買収計画と同時に売渡の相手方を吉田茂と定め売渡期日を同年七月二日として売渡計画を樹立し、買収計画と同期間を縦覧期間として公告し、又別紙第一目録記載の土地については昭和二十四年九月売渡の相手方を越渡二と定め売渡期日を同年十月二日として売渡計画を樹立し、同年九月九日より十日間を縦覧期間として公告した。そして右各売渡計画はその後茨城県農地委員会の承認を経て被告知事は売渡通知書を発行し該通知書はそれぞれ売渡の相手方である吉田茂、越渡二にその当時交付して売渡処分を了した。

(三)  しかしながら右売渡処分は次の理由により重大且つ明白な瑕疵を帯びた無効な行政処分である。すなわち別紙第一、第二目録記載の土地は前記の如く原告が昭和十八、九年度から引続き賃借の上耕作を為して来たものであり、且つ原告は肩書地に居住し牛馬各一頭を所有し専ら農業を営んでいるものであつて、昭和二十三年三月中に書面を以て村農委に対し右各土地の買受申込をしておいたにも拘らず村農委はこれを無視して訴外越渡二及び吉田茂両名を相手方として売渡計画を立てたものであるから、その売渡計画は自創法第十六条第一項同法施行令第十七条に違反し当然無効であり、従つてこれに基く売渡処分も亦当然無効のものというべきである。よつて本件売渡処分の無効確認を求める。

なお本件土地は現在においても引続き原告がこれを耕作している。

二、被告の答弁

(一)  原告主張の(一)及び(二)の各事実はいずれも認める。(三)の事実のうち原告が肩書地に居住し牛馬各一頭を所有し専ら農業を営んでいること、本件土地を現在においても引続き原告が耕作していることはいずれも認めるが、原告が其の主張の頃書面を以て村農委に対し本件土地の買受申込をなしたこと及び本件売渡計画並に処分が無効であるとの点は否認する。

(二)  原告は其の主張の通り昭和十八、九年度から本件土地を賃借耕作して来たのであるが、本件土地の売渡計画樹立前に村農委に対し買受の申込をしなかつた。その理由は原告の住家は本件土地の川(恋瀬川)向いにあり直線距離にすればさ程遠くないが附近に橋がないため一里位迂回しなければ本件土地に達し得られないような地理的状況にあるので、原告としては本件土地の買受申込をする意思がなかつたためその手続をしなかつたものと思われる。従つて従来の小作人が買受の申込をしない以上自創法施行令第十八条により地元村農委が自作農として農業に精進する見込みがあると認定して訴外越渡二及び吉田茂を売渡の相手方としてなした本件売渡計画並に処分には何等の違法もない。

三、被告の答弁に対する原告の陳述

被告主張の(二)の事実は否認する。原告の住家から本件土地までの距離は約五、六町位で途中恋瀬川があるが、同川には以前主として農耕者通行用の材木を並べた橋があり(現在は正規の橋がありこれを使用している)被告の主張するように一里も迂回しなければ本件土地に到達できないものではない。現に原告は本件土地と同様賃借の上耕作していた旧志筑村大字高倉字永丁(第一目録の土地と同字である)八二六番田一畝十四歩につき昭和二十三年十月二日を売渡期日として被告知事から売渡を受け昭和二十八年一月二十九日その旨の所有権移転登記を経由しているのであつて、このことからしても、原告が本件土地につき耕作に不便なため買受の意思なく、買受の申込もしなかつたとの被告主張事実がいわれなきものであることは明らかである。

第三、証拠方法〈省略〉

理由

原告主張の請求原因(二)の事実は当事者間に争がない。そこで原告において被告のなした本件売渡処分が違法であると主張する点について判断する。

原告が肩書地に居住し牛馬各一頭を所有して専ら農業を営んでいる者であること、別紙第一、第二目録記載の本件土地はもと訴外浜平右エ門及び同市ノ沢寅吉の各所有であつて原告が昭和十八、九年度から右各訴外人よりこれを賃借して耕作を為して来たものであり、本件売渡処分のなされた後も依然として今日まで耕作を継続していることはいずれも本件当事者間に争がなく成立に争のない甲第五号証の一、二及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が本件土地(第一目録記載の分)と同字内にあつて、原告が本件土地と同様に市ノ沢寅吉より小作していた旧志筑村大字高倉字永丁八二六番田一畝十四歩については、昭和二十四年十月二日を売渡の期日として被告知事から売渡を受けていることが認められ、以上の事実と証人関孝広、同伊藤祐次の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、本件買収計画樹立前である昭和二十三年三、四月頃当時小桜村大字半田に居住し志筑村大字高倉所在の農地を小作していた訴外関孝広外十三名(原告も含む)の者が志筑村農地委員会に対し夫々その耕作地の買受申込をすることになり、其の頃原告は右の者等とともに右訴外関孝広を通じ書面を以て同委員会に対し本件土地の買受申込をなした事実を認めることができる。

被告は右認定に反し原告は本件土地の売渡計画樹立前に地元村農地委員会に対し買受の申込をしなかつた旨主張し、その理由として原告の住家から本件土地へ達するまで約一里を迂回して歩かなければならないような地理的状況にあつたゝめ、原告としては本件土地の買受申込をなす意思がなかつたからであると主張するけれども、右のような地理的状況にあつたことについてはこれを認めるに足る何らの証拠もなく、却つて原告本人尋問の結果によれば、原告の住家から本件土地まで途中恋瀬川があるが同川には材木を並べた農耕用の橋がありこれを使用するので原告居住の部落にある農地と比較し少しも耕作に不便を感ずるような地理的関係にはないことが認められる。而して、証人竹村仁六、同越渡始一の各証言中に原告から買受申込がなかつた旨の部分があるけれども、前顕各証拠に照しいずれもたやすく信用し難く、他に前示認定を覆し原告が本件土地の買受申込をしなかつた事実を認めるに足る証拠はない。

而して前記のように原告は本件売渡処分後も引きつゞき現在まで本件農地を耕作している事実、しかもその間越渡二及び吉田茂から自作のため原告にこれが引渡を求めたような事実をうかゞうに足る何らの資料もないこと、これらの事実に前記証人伊藤祐次、同関孝広の各証言を併せ考察すれば、志筑村農地委員会は買収の時期における本件土地の耕作者が原告であり、且つ原告から同委員会に対し本件土地の買受申込がなされていることを了知していたか或は少くも右事実を当然に了知し得る事情にあつたのにかゝわらずこれを無視して自創法第二十三条の手続によらずに実質上同条所定の農地所有権を交換をしたと同じ結果を実現しようとして(即ち越渡二及び吉田茂の各所有地中本来ならば右交換の手続によらなければ買収売渡の手続をなし得ない土地につき買収売渡の手続をし、これに代えて本件土地を右両名に売り渡してその保有貸付地とするため)敢て訴外越渡二及び同吉田茂を売渡の相手方とする本件売渡計画を樹立したものであることを窺知し得るのであつて、右認定を動かすに足る証拠はない。

そうすれば以上の事実に徴すると、志筑村農地委員会が立てた本件売渡計画は単に売渡の相手方の資格に関する事実を誤認してその選定を誤つたという程度のものではなく、自創法第二十三条所定の手続によらずに実質上その結果を実現するため同法施行令第十七条により本件土地につき第一順位の売渡の相手方となるべき原告の買受申込を無視してなされた重大且つ明白な瑕疵ある処分といわなければならない。而して斯る重大且つ明白な瑕疵ある行政処分は当然無効であるから右計画に基いてなされた本件売渡処分も亦当然無効の処分といわなければならない。

よつて本件売渡処分の無効確認を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 広瀬友信 藤原康志)

(目録省略)

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